


稲穂の声
毎年、秋の収穫の時期になると、米俵を肩に担いで稲荷山の参道を登ってくる御仁がおられます。御仁は瀬古喜武さんといい、年の頃なら八十手前。
三重県の桑名で建築業を営む瀬古さんは、駆け出しの若い頃、仕事で、幾つもの重いセメント袋を担ぐ毎日でした。そうして鍛えられた身体は老いても未だ衰えておらず、瀬古さんと同年代の方なら持ち上げるだけでも大変な30kgもある米俵を、今でも担いで稲荷山を登ることができるのです。
それを見守るように瀬古さんの奥さんが、後から心配そうについてきます。二人の行き先は眼力さん。

瀬古さんご夫婦は、一年間を無事過ごすことができたことを眼力さんに感謝し、そのお礼詣りのお供えにと重い米俵をなんと自分たちで運んで来られるのです。俵の中のお米も、瀬古さんご夫婦が自分たちの家に小さな田んぼを作り、眼力さんのためにと二人の手作りで育てた新米です。
こうしてもう何年も、いっしょうけんめいに稲を育てる瀬古さん夫妻には、ちょうど良い刈り入れの頃合いになると、それを伝える稲の声が聞こえるのだそうです。
「もう、そろそろ良い時期だから刈ってくださいな。」
瀬古さんの仕事の都合で、稲の声が聞こえる前や、聞こえてから1週間も遅れてから刈り取ったお米に比べると、稲の声に従って収穫したお米は本当に美味しいのだそうです。
瀬古さん夫婦は、まるで親が子に接するように稲に心を通わせ、愛でる気持ちいっぱいに育てます。
その恩返しに稲は、いちばんおいしい時期を瀬古さんたちに教えようとしているのかも知れません。
心の優しい瀬古さんたちには、稲が瀬古さんたちに話しかけたかのように、そんな稲の気持ちが伝わるのでしょう。
玄関の中にツバメが巣を作ったのを見つけたときも、いつでも親ツバメが雛の待つ巣に出入りできるように、玄関を少し開けておいてあげるという瀬古さん夫婦は、重い米俵を担いで眼力さんに着き、迎えてくれた服部さんに眼力さんへの奉納をお願いするときにも、
「お供えした稲穂やお米は、お腹を空かせた稲荷山の小鳥たちが全部食べ終えるまで、下げないでおいてください。」

いつも、そう口添えをされているそうです。そんな瀬古さん夫婦ですから、眼力さんへのお供えも買ったものを宅急便で届けるのではなく、自分たちで一年間頑張って作ったお米を、自分たちで苦労して稲荷山を登りお供えにやってくるのでしょう。瀬古さんご夫婦が、眼力さんにどんなに心から深く感謝されているかが伝わります。
もちろんその心は、眼力さんにもしっかり届いているようです。何しろ、お米を奉納した帰り道、不思議なことに毎年必ず瀬古さんの携帯電話が鳴るのですから。そして決まってその携帯電話の声の主は、大きな仕事の依頼を受けたと興奮する部下なのです。
